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もりブログ

日本一の皮膚科医になってやろうという意識高いことを言っておきながら、うっすい記事を量産していくタイプのメモ帳的なブログです。

「生物とは何か」について知りたいときに読む本

生物とは何か」「生物の定義は何か

 

生物の教科書には一応、生命の定義が書かれています。

 

しかし、それは本当に生命の定義と言えるのでしょうか

 本当に生命を説明したことになるのでしょうか

 

少なくとも僕は感覚的に腑に落ちないのですが、いかがでしょうか。

 

この問題に切り込んだ本があります。

 

生命の定義を、我々の感覚に沿って再定義しようと努力した名著。

 

本当におすすめしたい本です。

 

題は『生物と無生物のあいだ』、筆者は生物学者の福岡伸一さんです。

 

福岡さんは京大卒で、ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授などを経て現在は青山学院大学の教授をなさっています。

 

科学者であると同時に、詩的な感性豊富なライターでもあります。

 

その文章は、理系文系という分類があること自体を疑わせるくらい美しい。

 

そんな福岡伸一さんのベストセラーを紹介させてください。

 

 

生物と無生物のあいだ』内容のまとめ

どんな内容が書いてあるのか気になるところだと思います。

 

でもすべての内容を要約することは僕の文章力では到底できない。

 

だから、僕がこの本を読んでいて「これは!」と思ったことを紹介する、という形で許してください。

 

小さな貝殻

 

本著第8章の冒頭、

夏休み。海辺の砂浜を歩くと足元に無数の、生物と無生物が散在していることを知る。美しい筋が幾重にも走る断面をもった赤い小石。私はそれを手に取ってしばらく眺めた後、砂地に落とす。ふと気がつくと、その隣には、小石とほとんど同じ色使いの小さな貝殻がある。そこにはすでに生命は失われているけれど、私たちは確実にそれが生命の営みによってもたらされたものであることを見る。小さな貝殻に、小石とは決定的に違う一体何を私たちは見ているというのだろうか。

 

見事な問題提起。

 

そう、確かに私たちは、ある対象に生命の営みがあるかどうか、一目で分かります

 

ではどのようにそれを判断しているのでしょうか?

 

恐らく、私たちはそれを論理的な思考ではなく、直感によって判断しているように思えてなりません。

 

すると、その直感というのは何者なのか、という疑問が自ずと湧いてくるのです。

 

高校の頃、生物の授業で習った生物の定義があるでしょう――

 

膜を持つ、自己複製能を持つ、恒常性をもつ、など、、、

 

――これらが、その判断にどれほど関係してくるのでしょうか?

 

全く関係してこない、というのが実際のところでしょう。

 

この定義は我々の感覚からはかけ離れているのです。

 

余りにも学問的過ぎるのです。

 

よく言えば厳密ですが、悪く言えば機械的

 

私たちの直感に1ミリも寄り添っていません。

 

福岡さんも本書の冒頭でこのように述べています。

 

何かを定義するとき、属性を挙げて対象を記述することは比較的たやすい。しかし対象の本質を明示的に記述することはまったくたやすいことではない。

 

私たちの感覚に寄り添う形で物事を定義しようと思うと、そう簡単にはいかないのです。

 

果たして福岡さんはどのような答えを出すのか。

 

ノックアウト

ラジオの機械の仕組みを知りたい、と思った時はどのようにしますか?

 

今の世の中、Google先生に聞けば分かると言う方もいるとは思いますが、一旦そのような手は禁止させて頂きます。

 

その機械の仕組みを知りたいなら、まずそれを分解するでしょう。

 

そして、ここからが重要なのですが、ある部品Aを抜いて再び組み立てる

 

すると音量が調節できなくなった、という事実があったとしましょう。

 

ここから、部品Aは音量を調節する機能があったことが分かります。

 

同じようにして、部品Bを抜いて組み立てると、ノイズは流れるけど選局はできなくなった

 

そこから部品Bは電波の検知に関わると予測できます。

 

それから先もずっと同じ。

部品C、部品D、部品E、、、とずっとやっていって、すべての部品に関してその機能を調べる。

 

さらに、部品同士をつなげる導線A、導線B、導線C、、、を順に切ってみるなどして部品同士の関連を調べる。

 

そうしていって、だんだんとラジオの仕組みがわかってくるのです。

 

生物学の研究にも、全く同じ手法が使われています。

 

ある手法(本書には詳しく書かれているのですが)を用いて、機能を調べたい物質を実験動物から完全に取り除きます。取り除くための手法のことを「ノックアウト」と言います。

 

もし、物質Aをノックアウトしたマウスは癌が多発したとしたら、物質Aは癌を抑える物質だということになります。

 

ラジオの分析の仕方を生物にも応用できる、ということなのです。

 

さて、本書ではマウスの膵臓にあるGP2という物質が舞台となっています。

 

GP2が欠落すると膵臓の機能がめちゃめちゃになる、という予測の元、福岡さんの研究グループは巨額なお金をかけてマウスからGP2をノックアウトしました。

 

以下、本文の引用です。

 

とうとうGP2ノックアウトマウスが生まれてきた。このマウスはそのすべての細胞がES細胞由来であり、すべての細胞でGP2を作り出すことができない。つまりGP2というピースは一分子もこのマウスの内部には存在しない。その結果、このマウスの膵臓細胞ではとてつもない膜の異常が展開しているはずなのだ。

(中略)

・・・注意深く膵臓を摘出した。その膵臓を特別な試薬で固定した後、顕微鏡観察のためのプレパラートを作成した。薄い切片となった膵臓の標本は、薄いピンク色をした透明な花びらのように小さなスライドガラスの上に貼りついていた。

 私はそれを顕微鏡のステージにおき、ダイアルをゆっくり回しながら徐々にフォーカスをあわせていった。ピンク色の視界が像を結んでいく。私は息を止めた・・・

 

この後何が起こるのか。そして、それは何を意味するのか。

 

この続きは福岡さんにあずけようと思います。

 

是非、『生物と無生物のあいだ』を読んでいただきたいのです。

 

2017/6/18 森見万寿夫